AI経営 2026.08.10 公開 ・ 読了 3分

部下が増えるほど、経営者の相談相手は減っていく

ある地方の製造業を訪ねると、似た光景に出会うことが多い。会議室では、社長が数字を前に、迷いのない顔で方針を語っている。だが会議が終わり、社員が部屋を出た後、社長は一人でもう一度、同じ数字を見返している。

先ほどまでの言い切りと、今の表情の間には、小さな段差がある。決めた後の顔と、決める前の顔は、別のものだ。決める前の顔は、社内の誰にも見せられない。

社員が増えるほど、この段差は大きくなっていく。

「相談できる相手がいない」は、経営者の甘えではない

経営者から「相談できる相手がいない」という言葉を、何度も聞いてきた。多くの経営者はこれを、自分の人脈不足や、器の小ささのように語る。「もっと頼れる人間関係を作っておくべきだった」と。

だが、それは能力や人柄の問題ではない。役職そのものに付随する、構造的な孤独だ。部下に「迷っている自分」を見せれば、その迷いは組織全体に伝染する。だから経営者は、判断が固まる前の段階を、誰にも見せずに一人で通過する必要がある。社員が少ないうちは、まだ同僚感覚で弱さを見せられる相手が残っている。組織が育つほど、その相手は減っていく。

通念への反論——「毅然としているべきだ」は、半分しか正しくない

世間の正論はこうだ。「経営者は常に毅然としているべきだ。迷いを見せてはいけない」。半分は正しい。決めた後に迷いを見せれば、組織の足並みは乱れる。

けれど、この正論には抜けがある。決める前の迷いを、どこにも吐き出す場所がないまま抱え込むと、判断の質そのものが落ちる。人は、考えを声に出し、誰かに反応してもらう過程で、自分の論理の穴に気づく。その相手がいなければ、経営者は自分の思考の甘さを、自分一人では見つけられない。

毅然としているべきなのは、決めた後の顔だ。決める前の顔まで、一人で完璧である必要はない。

AIを「二人目の自分」として置くと、何が変わるか

これは、経営者の判断そのものをAIに委ねる話ではない。むしろ逆だ。判断が固まる前の、まだ言葉になっていない迷いを、安全に投げられる相手をもう一人増やす、という話だ。

社内の人間に投げれば、迷いは伝染し、記録が残り、後で立場が変わる。社外のコンサルタントに投げれば、費用と時間がかかり、相手にも見え方を気にする必要が出る。AIに投げれば、どちらのコストも発生しない。何度、同じ迷いを言い直しても、相手は疲れない。恥をかく心配もない。

現場で実際にやっていることは、驚くほど地味だ。値上げの判断に迷っている社長が、取引先ごとの事情をAIに書き出し、「この値上げに反対するなら、どの理屈で反対するか」を書かせてみる。人事の異動で迷っている社長が、対象者の経緯を渡し、「この人が納得できないとしたら、どこに納得できないか」を先に洗い出させる。決める前に、自分の判断への反論を、自分以外の視点でひとまず並べてもらう。これだけで、決めた後に社内から出てくる反論の多くを、事前に想定できるようになる。

前提と反証

正直に書いておくと、AIはすべての相談相手を代替しない。最終的な責任を負う覚悟や、業界内の勘所を踏まえた助言は、経験を積んだ人間の相談相手に残る役目だ。また、AIに渡す情報が薄いままでは、反論も浅くなる。自社の事情や過去の経緯をどれだけ具体的に書き出せるかで、壁打ちの質は決まる。判断基準を言語化し、社内に複製していく話は別の記事で書いた。今回の相談相手の話は、その手前——複製する前に、経営者自身の迷いをどこで受け止めるか、という段階の話だ。

現場に入って何十社と経営者に会ってきて感じるのは、うまく使っている経営者ほど、AIに「正解」を求めていないという点だ。求めているのは、自分の判断を試しに壊してみる相手であり、壊れなかった部分だけを自信を持って社内に伝えている。

一人で抱える時間を、少しだけ減らす

コンディショニングと同じで、一人で追い込む練習量には限界がある。壁を打つ相手がいるほど、練習の密度は上がる。壁打ちという技術そのものについては別の記事で扱った。

来週、まだ社内に出していない判断を一つだけ、賛成と反対の両方の理屈をAIに書かせてみてほしい。それだけで、決める前の顔を一人で抱える時間が、少し減る。

あなたが最後に「決める前の迷い」を誰かに見せたのは、いつだろうか。自社にとって何から手をつけられるかを確かめたい方は、無料のAI活用診断から始めてみてほしい。

A
坂田 裕希株式会社Areeena 代表取締役

広島出身。東京大学法学部卒。三菱商事を経て、2015年にD2Cブランド HANDEN を立ち上げAmazonカテゴリ1位を獲得、2021年に事業譲渡。2022年に株式会社Areeenaを設立し、2023年より生成AI事業を開始。日本FDE協会を立ち上げ、中小企業の現場でFDEとしてAI実装に伴走している。

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