FDE 2026.09.07 公開 ・ 読了 4分

「5万6千件」ではなく、「数えた982件」のほうが強かった

LinkedInで「Forward Deployed Engineer」を検索すると、5万6千件以上がヒットする。だが労働市場調査会社Plank Researchは、この数字はキーワードの寄せ集めであり、実際の求人需要を表していないと断じた。同社が独自に数え直した、実際に生きている求人は982件・462社。しかもこの982件の中身を見ると、同じ肩書きの中に10万ドルを超える年収差が隠れていた。

何が起きているか

労働市場調査を手がけるPlank Researchが2026年9月4日、「FDE Job Market: 982 Forward-Deployed Engineer Roles」と題した調査を公開した。同社はまず、LinkedInの検索でヒットする「5万6千件」という数字について、“The ‘56,000+’ on LinkedIn is OR-matched word-soup, not real demand.”(LinkedInの5万6千件超は、OR検索によるキーワードの寄せ集めであり、実需要ではない)と切り捨てる。

そのうえで同社は、2026年9月4日時点の求人を、①Greenhouse・Lever・Ashbyといった採用管理システム(ATS)の公開API、②大規模な求人ボード集計サービス、③Y Combinator・Wellfound・LinkedIn・Indeedといった主要プラットフォームの手動調査、という3段階で収集した。正規化したURLと「企業名+職種+勤務地」で重複を除いた結果、実際に生きているFDE求人は982件、462社にとどまった。対象は基盤モデル研究所(foundation-model lab)から、Yコンビネーター出身のシード期スタートアップまで幅広い。

給与についても具体的な数字が示されている。給与を開示している292件の求人の基本給中央値は18万8千ドル。そして”An employer’s vertical shifts a forward-deployed engineer’s pay more than seniority does”(雇用主の業態は、シニアリティ以上にFDEの給与を左右する)として、基盤モデル研究所のFDEが中央値25万ドルである一方、産業系AI企業(industrial AI)では14万8千ドルにとどまり、その差は10万2千ドルに上ると報告している。

背景と構造

なぜこの調査がわざわざ「数え直す」という手間をかけたのか。理由は単純で、検索エンジンのヒット件数と、実際に存在する求人の数は、別物だからだ。「Forward Deployed Engineer」というキーワードが話題になればなるほど、関連語を含むあらゆる求人がOR検索に引っかかるようになり、検索結果の件数は実態から乖離していく。Plank Researchがやったのは、その乖離を放置せず、ATSの生データまで遡って一件ずつ数え、重複を機械的に除くという地味な作業だった。

もう一つの構造は、「FDE」という肩書きが一枚岩ではないという点だ。同じ肩書きを名乗っていても、雇用主が基盤モデル研究所なのか、産業系AI企業なのかによって、給与は10万ドル以上変わる。これは、肩書きという入れ物の中に、実際にはかなり違う中身が混在していることを意味する。肩書きだけを見て市場を語ると、この中身の違いを見落とす。

以前の記事で、「Forward Deployed Engineer」の検索数が1年で11倍に増えたのは、仕事そのものではなく肩書きの流行だと書いた(この1年で11倍に増えたのは、仕事ではなく肩書きだった)。今回のPlank Researchの調査は、その指摘をさらに裏付ける形になっている。話題になっている数字の多くは、検索や言及のカウントであり、実際に存在するものを一件ずつ数えた数字ではない。

日本の中小企業にとっての意味

日本の経営者がAI導入を検討するとき、似た構図によく出会う。「AI導入で工数90%削減」「業務時間が半分になった」——こうした数字を、ベンダーの提案書や、社内の報告で目にすることは多い。だが、その数字が「何件のうち何件を、いつ、どうやって数えたのか」まで説明できるものは、実は多くない。

現場に入って何十社と業務を見てきて感じるのは、経営判断を誤らせるのは「悪い数字」よりも「出どころの分からない数字」だということだ。以前、Cars24が自社のAI活用実績を外販事業に育てた事例を紹介したが(自社で鍛えた「3倍」を、そのままFDE事業にした会社があった)、あの会社が説得力を持てたのも、32時間から30分へ、という具体的な計測済みの数字を先に持っていたからだ。今回のPlank Researchの調査も、同じ規律を市場データという別の対象に適用しただけとも言える。

だから、ベンダーから提示される導入効果の数字にも、自社内で語られる「速くなった」「楽になった」という感覚にも、同じ問いを向けてみてほしい。それは何件のうち何件を、どの期間で、どうやって測った数字なのか。答えられない数字は、話半分に聞いておくくらいがちょうどいい。

最初の一歩

来週、今使っているAIツールや、検討中のベンダー提案の中から一つだけ選び、その「導入効果」の数字が何をどう数えたものかを、担当者に確認してみてほしい。答えが具体的に返ってこないなら、それはまだ「バズる数字」の段階にとどまっている。

自社のAI活用が今どの段階にあり、何を測るべきかを確かめるところから始めたい方は、無料のAI活用診断をどうぞ。

参考記事

A
坂田 裕希株式会社Areeena 代表取締役

広島出身。東京大学法学部卒。三菱商事を経て、2015年にD2Cブランド HANDEN を立ち上げAmazonカテゴリ1位を獲得、2021年に事業譲渡。2022年に株式会社Areeenaを設立し、2023年より生成AI事業を開始。日本FDE協会を立ち上げ、中小企業の現場でFDEとしてAI実装に伴走している。

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