北海道で介護施設を3拠点運営するある事業者は、職員がスマホの音声入力と手書きメモをAIに読み込ませるようにしただけで、記録業務を職員1人あたり月平均3.5時間、会議の議事録作成時間を20%短縮した。特別なシステム開発をしたわけではない。パソコンが得意な職員が揃っていたわけでもない。
記録が「頭の中」に溜まる現場
介護の現場では、情報の多くが担当者の頭の中に留まる。夜勤明けの申し送り、利用者の様子のちょっとした変化、家族への報告。声には出るが、テキストにする手間がかさむため、記録は後回しになりがちだ。
構造を分解すると、詰まりどころは3つに整理できる。
- 手書きメモや口頭の申し送りが、テキスト化されるまでに時間差が生まれる。
- 既存の介護記録ソフトはAIとの直接連携が難しく、Excelやテキストで一度書き出し、手動で橋渡しする工程が要る。
- 行政系のケアプランデータ連携システムは、電子証明書のダウンロードなど初期設定が現場職員には難解で、使いこなせないまま放置されやすい。
この最後の点は、業界のあちこちで同じ言葉として語られる。「システム自体は導入したものの使いこなせていない」事業所が、全国に数多く存在するという実情だ。**システムを入れることと、現場が使えることは、別の話だ。**この乖離こそが、介護業界のAI活用が進まない最大の理由になっている。
FDEが入り、何をどう変えたか
この事業者への伴走は、FDE(Forward Deployed Engineer)の型どおり、3ステップで進んだ。
① 現場ヒアリング・棚卸。まず職員がどこに時間を使っているかを、画面と手の動きの隣で観察した。パソコン操作に慣れた職員は少数派だった。だからこそ「新しい操作を覚えさせる」設計は避け、すでにやっている動作――スマホでの音声入力、手書きメモを書く行為――をそのままAIの入力に使う方針を立てた。
② PoC(動くもの)。法人契約のGoogle Workspace上でGeminiを使い、夜勤明けの申し送り音声から議事録を自動生成する仕組みと、手書きメモを写真で読み込んでご家族向けの報告文を自動作成する仕組みを、1〜2ヶ月かけて試行した。全職員分のライセンスを一度に契約するのではなく、まず事業所に1アカウントという最小構成で始めている。DXの遅れが強みに変わるというリープフロッグの構造が、ここでも同じ形で表れている。守るべき旧システムへの投資がないからこそ、身軽に飛び移れた。
③ 定着支援・効果測定。月1回程度の面談で運用を伴走し、現場の使い方を継続的に磨いた。導入して終わりにしないのは、PoCが本番で動き続けるかどうかは、まったく別の話だからだ。効果は感覚ではなく、記録時間そのものを継続的に測って確認した。
効果(実測)
以下は、この事業者がAI活用を始めてから実際に計測した数値である。
- 記録時間:職員1人あたり月平均3.5時間削減
- 会議の議事録作成時間:20%削減
金額換算の試算はまだ出していない。人手不足に悩む介護現場において、月3.5時間という数字は、1人分の残業や、1人分の休憩の余白に直結する時間だ。
持ち帰れること
この事例が示すのは、「ITに詳しい人材がいないから、うちはまだ早い」という順番の誤解だ。全職員のITリテラシーを底上げしてからAIを入れる、という正論を律儀に守るほど、着手は遠のく。逆に、今やっている動作――話す、手で書く――をそのままAIの入り口にする設計であれば、パソコンが苦手な現場からでも始められる。
自社の現場で、まず1つの業務からAIを試してみたい方は、無料のAI活用診断で自社の現在地を確かめるところから始めてほしい。



