AI経営 2026.07.27 公開 ・ 読了 4分

『秘伝のタレ』こそ、次の商品になる

「ChatGPTに聞いたんですが、この処理で合ってますかね」

ある地方の税務・会計事務所を訪ねたときのことだ。繁忙期の真っただ中、担当者は個人のアカウントでChatGPTを開き、細かい税務論点を確認していた。会社としての契約はなく、あくまで個人の判断で使っている。返ってくる答えは、もっともらしい。だが、際どい論点になるほど、微妙に間違っている。

「便利は便利なんですが、怖くて任せきれないんです」

その言葉には、申し訳なさが混じっていた。AIをうまく使いこなせていない自分たちが、遅れているように感じている様子だった。

「うまく答えられない」は、欠陥ではない

無理もない。ネット上の一般論を学習した汎用AIは、誰にでも通じる平均的な正解を返すのが得意だ。だが、その事務所が長年積み上げてきた「この顧客には、この処理」「この業界では、この解釈」といった判断基準までは知らない。知りようがない。

多くの経営者は、ここで肩を落とす。「うちの専門知識は、AIには真似できないのか」と。

だが逆だ。AIが真似できない何かを、あなたの会社はすでに持っている。 それは欠陥ではなく、まだ言語化されていない資産だ。

通念への反論——「AIを入れれば十分」ではない

世間の正論はこうだ。「AIツールを契約すれば、業務は効率化される」。半分は正しい。だが、汎用AIが返す答えは、誰の会社でも手に入る、いわば無料の答えだ。無料の答えだけで差がつく時代は、もう終わっている。

本当に効くのは、その事務所にしかない届出書の控え、決算書の履歴、担当者の頭の中にしかない「あの顧客はこういう癖がある」という勘所を、AIが参照できる形にすることだ。つまり、AIを入れる前に、参照させる「土台」を自社の中に作る必要がある。

会社がまず作るべきものは、売るためのAIではない。自社にしかない『答えの土台』である。

仕組みで勝つ、とはどういうことか

これは「仕組みで勝つ」という考え方そのものだ。個別の商売を組み立てる前に、型やデータベースといった土台を作る側に回る、という考え方である。

多くの会社は、AIを「今の業務を効率化する道具」としてだけ見る。だが土台を先に作った会社は、その先に別の景色を見ている。社内向けに育てたAIが十分に機能すれば、いずれ顧客向けにそのまま提供できる商品になりうる。順番を間違えなければ、業務効率化のための投資が、そのまま新しい商品開発にもなる。

社内の「秘伝のタレ」を、言語化することから始まる

とはいえ、いきなり大きなシステムを組む必要はない。現場でまず勧めているのは、驚くほど地味な一歩だ。

Googleスプレッドシートを1枚開き、「よくある質問」と「その答え(確認した根拠つき)」を、思い出せる範囲から埋めていく。これだけでいい。属人化していた判断基準を、誰でも参照できる形に書き出す作業——いわば会社の「秘伝のタレ」を仕込む工程だ。

このタレが厚くなるほど、AIの回答精度は上がる。逆に言えば、タレが薄いうちにAIだけ入れても、汎用AIと大差ない答えしか返ってこない。土台づくりは、AI導入の前工程ではなく、AI導入そのものの一部だ。

先に土台を作った会社が、あとで外へ売れる

この型で先を行く実例がある。全国に展開するある美容クリニックグループは、チェーン店ごとに独自化してしまった1,000件を超えるマニュアルPDFをAIに読み込ませ、社内からの問い合わせに参照元つきで回答するシステムを作った。まず自社の中で使うための土台として構築し、結果として検索業務のコストを年間1,000万円超(※導入企業の試算)削減した。

さらにこの会社は、過去1万5千件規模の問い合わせ履歴も学習させ、顧客からの問い合わせに対する回答案を自動生成する仕組みも育てている。社内の効率化から始まったものが、顧客対応というサービスの土台にまで育っている。

前提と反証

正直に書いておくと、この型はすべての会社に当てはまるわけではない。参照できる過去の資料や問い合わせ履歴がある程度の量なければ、AIは学習のしようがない。また、要望を欲張って一度にすべて叶えようとすると、初期投資は数百万円規模に膨らみかねない(※各社の要件次第の試算であり、確定額ではない)。研修費用の一部を助成金でまかなえる制度もあるが、要件や給付率は年度によって変わりうるため、断定はできない。まずは秘伝のタレづくりという、コストのかからない一歩から始めるのが、遠回りに見えて一番早い。

現場に入って何十社と業務を見てきて、最終的に効いているのは、汎用AIそのものではなく、誰かの頭の中にしかなかった判断基準を言語化できたかどうかだ、という実感がある。

土台を作った者が、次のレースに立てる

助走の距離は、そのまま次のレースへの持ち出しになる。今のレースのために整えたコースが、次のレースのコースにもなる。仕組みを先に作った者だけが、それを味わえる。

来週、社内でよく聞かれる質問を5つ、その答えの根拠つきでスプレッドシートに書き出してみてほしい。それだけで、AIに渡せる土台の最初の1枚ができる。

その先に、社内で終わらせるのか、いずれ顧客にも渡せる仕組みに育てるのか——選ぶのは、土台ができてからでいい。自社に今どれだけの土台があり、何から手をつけるべきかを確かめたい方は、無料のAI活用診断から始めてみてほしい。

A
坂田 裕希株式会社Areeena 代表取締役

広島出身。東京大学法学部卒。三菱商事を経て、2015年にD2Cブランド HANDEN を立ち上げAmazonカテゴリ1位を獲得、2021年に事業譲渡。2022年に株式会社Areeenaを設立し、2023年より生成AI事業を開始。日本FDE協会を立ち上げ、中小企業の現場でFDEとしてAI実装に伴走している。

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